御香宮神社の御朱印|鳥羽・伏見の戦いで新政府軍(薩摩藩)の陣営が置かれた場所(京都府 京都市)

京都府
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鳥羽伏見の戦いで新政府軍(薩摩軍)の陣営が置かれた神社。戦力は旧幕府側が1500以上、新政府(薩摩)側がその半数ほどであったが、御香宮神社は伏見奉行所を見下ろすような位置にあり、薩摩軍が伏見奉行所に向けて大砲で連射したため、伏見奉行所は炎上し、旧幕府側は敗退した。

参拝日:2015年5月6日
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神社の紹介

  • 創建年は不詳
  • 初めは「御諸神社」と称していた
  • 862年(貞観四年)、境内から「香」の良い水が涌き出し、清和天皇より「御香宮」の名を賜る
    • 「石井の御香水」として伏見の七名水の一つ
    • 徳川頼宣、頼房、義直がこの水を産湯として使ったと言われる
  • 豊臣秀吉や徳川家康が社領を献じる
  • 1868年(慶応四年)、鳥羽伏見の戦で伏見奉行所に幕府軍、御香宮に新政府軍が陣営を置いた
    • この場所から幕府軍へ砲弾を浴びせ、陥落させている

正式名称

 御香宮神社ごこうのみやじんじゃ

御祭神

 神功皇后じんぐうこうごう (第14代天皇・仲哀天皇の皇后)

御朱印

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みどころ

御香宮の解説碑

鳥羽伏見の戦いで新政府軍(薩摩軍)の陣営が置かれた神社。

御香宮の拝殿

御祭神である神功皇后は、新羅遠征時は妊娠中であり、帰国後無事に出産されたことから、「安産・子育ての神様」として信仰されるようになったそう。そのため、お宮参りには多くの家族が訪れるようになったと言われている。たしかに、この時も御宮参りの家族が多くみられた。

御香宮の拝殿内

まとめ

神功皇后による伝承には驚いた。神話的な要素があるものの、過去の女性たちの強さを表現しているのかもしれない。
また、新選組ファンとしては、幕府軍敗走した足跡をたどるのは何とも言えない気持ちになる。しかし、聖地巡礼巡りの一つとしてこのポイントも見逃さずに押さえておきたい。

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アクセス

住所

所在地京都府京都市伏見区御香宮門前町174
最寄駅「近鉄京都線 桃山御陵前駅」下車 徒歩2分
「京阪電車 伏見桃山駅」下車 徒歩4分
「JR奈良線 桃山駅」下車 徒歩5分
駐車場情報専用の有料駐車場なし
公式サイトhttps://gokounomiya.kyoto.jp/

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